1975年、熊本県生まれ。法政大学卒。男子バレーボール及びビーチバレーボール日本代表として活躍。2012年に現役引退後、NPO活動や講演、メディア出演等を通じバレーボールの普及や青少年の育成に取り組む。早稲田大学大学院修了。熊本地震を契機に、だれもが輝ける社会を実現するため、参議院選挙への立候補を決意。2016年東京都選挙区より出馬、初当選。
妻、娘と息子の4人家族。子育てまっただ中のパパ。

朝日健太郎プロフィール

2016

2016年 政治家を目指す

2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催が、日本の社会を大きく飛躍させるチャンスだと思い立候補を決意。
子育てをしながら安心して働ける社会、健康長寿社会、スポーツ成長産業化、障害者と共に暮らせる心のバリアフリーのある社会の実現を通して世界に誇れる日本の実現を目指す。

2012

セカンドキャリアは社会貢献活動

2012年、引退を表明。同年、NPO法人「日本ビーチ文化振興協会」理事長に就任し、「はだしの文化」を提唱する。実業団バレー部の監督や、東日本大震災復興支援JOC「がんばれ!ニッポン!」プロジェクトにも参加。2014年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科社会人修士課程修了。2015年には「東京オリンピック・パラリンピック教育を考える有識者委員」の一人として、教育行政にも携わる。

2002

ビーチバレーに転向し、五輪出場

2002年、ビーチバレーに転向。日本代表の主力選手だっただけに、世間をあっと驚かせた。砂浜でジャンプすることの難しさやボールが風に流される自然環境といったインドアとの違いに戸惑いながらも着実に成長を遂げ、2008年には北京オリンピックに出場し、9位。2012年にもロンドンオリンピックに二大会連続で出場するという快挙を達成した。

1998

日本の「ライジング・サン」

1998年、サントリー入社。199cmの長身を生かしたブロックを得意とするセンターとして活躍し、2000〜2002年にかけてチームをVリーグ3連覇に導く。日本代表でも不動のセンターとして活躍。名字から「ライジング・サン」というニックネームで親しまれ、世界選手権をはじめとする数多くの国際大会に出場した。

1995

バレーボール界の“新星”

中学校から始めたバレーボールですぐに頭角を表し、名門・鎮西高校で春の高校バレーとインターハイで準優勝。法政大学に進学すると、1995年に全日本大学選手権で優勝、1997年にはユニバーシアードに出場。内定選手としてサントリーからVリーグに出場し、在学中にもかかわらず日本代表にも選出された。

 

1975

1975年、生まれる